2014年5月25日日曜日

253;再び大飯原発差し止め判決と水戸巌・喜世子夫妻。日独反原発連帯史のひとこま

 日本の脱原発闘争史の中では、大きなエポックとなると思われる5月21日の福井地裁の判決内容については、前回ベルリンから→モニターしつつコメントしたとおりです。

 この判決についてドイツの主なメディアも速報し、プリント本体でも広く報道しています。電子版でのいくつか挙げると→シュピーゲル誌、→フォーカス誌→フランクフルターアルゲマイネ、→TAZターゲスツァイツング 、→DWドイッチェヴェレなどです。速報ですから主にドイツ通信dpaなどの引用が主ですが、シュピーゲル誌とTAZのものが市民の立場からとして優れています。また同日報じられたフクイチの地下水の放出を併せて報じたものが多くあります。これらについては本日、ベルリンから永井潤子さんが、おなじみ「みどりの1kw」でいくつかを詳しく報じられているので→そちらを参照してください。
 なお地下水放出と汚染水フイルターAlpsの停止について同日に、公共第一テレビが大きく→ニュースで採り上げました。

 さて、再びこの裁判闘争と判決関連のお知らせです。この法廷闘争に関しては、その過程を非常にわかりやすく端的に→「福井から原発を止める裁判の会」が記録していますので、これをじっくり拝読しました。市民運動としては非常に優れたホームページですね。 事務局はわずか8人で、しかも資金も十分でないのにこれだけできるのは大変なことです。
 ここからの情報を見ていて、非常に古い記憶が甦ってきたので、日本の脱原発運動の長い歴史の、特に若い人たちにはほぼ知られていないことについて紹介しておきます。
まづは、21日原告勝利判決直後の福井市での原告と弁護団の→記者会見の動画です。
この会見は歴史的なものであると思います。是非ご覧ください。

  
原告と弁護士の皆さんの思いのこもった発言それぞれが、素晴らしいものです。この中で当法廷の口頭弁論で原告の一人として→意見陳述をした水戸喜世子さんが、少し話されています(22分から26分)。これを見てわたしもおもわず涙を誘われてしまったのですが、それには以下の理由があります。
 まずは、この方の夫である→水戸巌氏は日本の脱原発闘争の草分けの指導者・第一人者であったからです。東大で放射線物理を学び、学者としていち早く原発の危険性を訴えて、裁判闘争を始めた第一人者でした。誰でもよく知っている高木仁三郎氏の先輩に当たります。
 ところが、残念ながら1986年末に冬山で遭難され故人となり、これは後の闘争にとって大きな損失でした。しかしお連れ合いの喜世子さんが彼の志しを継いで、40年以上、待ちに待ったこの判決に感動される姿を見て、25年前の89年5月にドイツを訪問された時の記憶が甦ったのです。

 当時、始めて3年目の日独平和フォーラムの市民交流に14人の日本市民とともに、ドイツ各地の反戦市民運動の仲間を訪ねました。 中でも当時、ドイツの反原発運動の中心地であったヴァカースドルフ核燃料再処理施設予定地に、同地の力強い市民運動の仲間を訪ね、ホームステイしながら5月7日には定例の「日曜散歩」に参加しました。以前報告しましたように、その→前年5月の訪問の時には、まだわたしたちも機動隊に阻止されて散歩もできないような『原子力帝国』(ロバート・ユンク)ぶりでしたが、1年後はドイツの核の男爵シュトラウス元州首相も死亡し、法廷闘争にも勝利して施設建設放棄が公式決定される直前でしたので、雰囲気は全く違っていました。警察官の姿もほぼありませんでした。市民が勝利し、ドイツの核燃料リサイクル計画を放棄させた喜びが広まりつつあったのです。
 その際、わたしが撮った写真をお見せしましょう(クリックで拡大します)。
DJF Wackersdorf vor der WAA 7.5.1989
再処理施設建設用地前での記念写真。前列右から5人目が水戸さん。3人目は小田実氏。水戸さんの後ろが地元のシュヴァンドルフ郡の郡長夫妻。郡長夫妻も後年六ヶ所村を訪問しています。
反戦反核をまとった水戸喜世子さん1989年5月7日
水戸さんは21日の記者会見でも、夫の巌さんが「六ヶ所村の漁師を訪ねて核燃料再処理施設の危険性を説いた」と述べていますが、当時は夫と息子さんを失い失意の底にあった彼女も、ここをこの時期に訪問して、ドイツでは夫の遺志が実現しつつあることを実感されたのでしょう。横断幕を纏って日曜散歩する笑顔がそれを語っているようです。
(WAAとはドイツ語の再処理施設の縮小形です)

調べるとフクシマ以降、朝日新聞と東京新聞が水戸夫妻について報じたようです。→こちらを参照してください。

以上、日独反原発運動連帯史の小さなひとこまを紹介しました。あれから四半世紀も経って、日本の脱原発もまだまだ道遠しですが、何としても第2のフクシマが起こる前に実現しなければなりません。この写真の当時、水戸さんもお会いになった、小学校に入ったばかりのわたしの息子が、ドイツの再生可能エネルギー関連で専門家の卵になって修行中です。日本語のインタヴューがありますので、水戸さんに喜んでいただけるかもしれないので、親父としてはかなり気恥ずかしいのですが、この際ついでに紹介しておきます。
→なぜドイツはエネルギー転換を決断できたかPDF
 これのソースは→金田真聡のベルリン建設通信No.9

追加です;朝日新聞の2012年の記事が見つかりましたので拝借します。



2014年5月22日木曜日

252:祝!大飯原発差し止め勝訴。破滅の淵での初めての希望。ドイツ倫理委員会へ呼応した健全な司法判断。

 本日、2014年5月21日、フクシマ事故以来、原子力災害で破滅の淵にある日本にとって、初めての希望が実現したようです。
福井地方裁判所での大飯原発の3、4号機の運転差し止訴訟判決において、内容的にも完璧ともいえる勝訴を、心から祝します!
 福井新聞の号外です(クリックで拡大)。PDFは→こちら

 さて、まだわたしは判決文を全て読んではいませんが、時事通信による→判決要旨は以下のとおりです。画期的な内容なので第一報として保存しておきます。
赤字は梶村によります。以下引用)
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大飯原発訴訟判決要旨
 関西電力大飯原発の再稼働差し止め請求訴訟で、福井地裁が言い渡した判決の要旨は次の通り。
 

【主文】
 関電は大飯原発から250キロ圏内の原告に対する関係で、3、4号機の原子炉を運転してはならない。
 

【理由】
  ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体や生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織は、被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性 が求められる。これは当然の社会的要請で、人格権がすべての法分野で最高の価値を持つとされている以上、本件でもよって立つべき解釈上の指針だ。
 人格権は憲法上の権利で、日本の法制下で、これを超える価値は見いだせない。従って、人格権、とりわけ生命を守り、生活を維持するという人格権の根幹に対する具体的侵害の恐れがある場合、人格権そのものに基づいて侵害行為の差し止めを請求できる。
 

【東電福島第1原発事故について】
  福島原発事故では15万人が避難生活を余儀なくされ、少なくとも60人が命を失った。放射線がどの程度の健康被害を及ぼすかはさまざまな見解がある。見解 によって避難区域の広さも変わるが、20年以上前のチェルノブイリ事故で、今も広範囲の避難区域が定められている事実は、放射性物質の健康被害について楽 観的な見方をし、避難区域は最小限で足りるとする見解に重大な疑問を投げ掛ける。250キロという数字は、直ちに過大だとは判断できない。
 

【原発の安全姓】
 原発に求められる安全性、信頼性は極めて高度でなければならず、万一の場合にも、国民を守るべく万全の措置が取られなければならない。
  原発は社会的に重要な機能を営むものだが、法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由に属し、憲法上、人格権の中核部分よりも劣る。人格権が 極めて広範に奪われる危険を抽象的にでもはらむ経済活動は、少なくとも、具体的危険性が万一でもあれば、その差し止めが認められるのは当然だ。
  新技術の実施の差し止めの可否を裁判所が判断するのは困難だが、技術の危険性の性質や、被害の大きさが判明している場合は、危険の性質と被害の大きさに応 じた安全性が保持されているかを判断すればいい。本件では、大飯原発で、このような事態を招く具体的危険性が万一でもあるのかが判断の対象となる。
 

【原発の特性】
  原発は、運転停止後も原子炉の冷却を継続しなければならない。何時間か電源が失われるだけで事故につながる。施設の損傷に結び付き得る地震が起きた場合、 止める、冷やす、閉じ込めるの三つがそろって初めて安全性が保たれるが、大飯原発には冷却機能と閉じ込める構造に欠陥がある。(2014/05 /21-20:44

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(以上引用)
わたしの、コメントです:
 ここでとりわけ、「人格権は憲法上の権利で、日本の法制下で、これを超える価値は見いだせない。」とされ、さらに「法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由に属し、憲法上、人格権の中核部分よりも劣る。」と判断したうえで、「具体的危険性が万一でもあれば、その差し止めが認められるのは当然だ。」と結論する司法判断は画期的です。正に「司法は生きていた」といえましょう。

 これは、2011年6月のドイツ政府の原発の可否を巡る「倫理委員会」の判断に呼応する、日本の司法からの判断と言えましょう(*追記参照)。素晴らしいことです。
しかもこの大飯の加圧水型原子炉2基は、日本の原発の中でも新しく、まだ稼働を始めてから、21年と23年しか経っていません。ドイツの脱原発は、稼働32年で廃炉とすることを基準におこなわれています。おそらくドイツでも驚かれるでしょう。
そこで、日本の原発産業は「世界でも最も厳しい死刑判決」に等しいと受け止め、控訴審などで必死の抵抗を試みることは間違いありません。

同じく→時事通信によれば:
 脱原発弁護団全国連絡会共同代表の河合弘之弁護⼠(70)は、「42年年弁護⼠をしているが、
判決を聞いて泣いたのは初めて。輝かしい成果だ」と感慨深い様⼦で語った。
  とのことです。 河合弁護士についてはこのブログでも何度か紹介しました。例えば→ここ→ここを読んでください。
この報道で「ついに鬼の河合をも泣かしたか!」とわたしも感無量です。

 また、つい先日も、ベルリンを訪ねた福井県の農家の主婦で、この原告団の一員である方と話す機会があったばかりです。
 原告、弁護団のみなさまにお祝いを申し上げます。またこの判決を下された、樋口英明裁判長以下裁判官のみなさまに敬意を表します。破滅の淵に経たされている日本での英断であり、司法史に輝く判断です。
ひたすらこの英断が、遅きに失しないことを望みますが、まだ世界でも最も気違い染みた核燃料サイクルを日本政府は放棄しようとはしていません。ドイツ並みの脱原発までには道遠しというのが厳しい現実です。

ドイツでの報道などについては、追って追加します。

追加です
*原子力資料情報室の本判決についての→プレスリリース
さらに同資料情報室から判決謄本が出ました:
関西電力大飯発電所3・4号機差し止め訴訟 福井地裁判決謄本(全86頁)PDF
→前半40頁、 →後半46頁。 
  
 早速判決文を読んで、上記に該当する部分と、気のついた個所4頁のみを、以下オリジナルコピーで示します。
   
 全文を読んでのわたしの感想は、フクシマ過酷事故を体験した日本における、極めて健全な憲法解釈と、広範な社会常識を反映した司法判断であるといえるということに尽きます。(文中赤下線は梶村によるものです。クリックで拡大できます。)




*追記5月22日。
これについては、ちょうど3年前に執筆した『世界』2011年8月号掲載の拙稿「脱原発へ不可逆の転換に歩みだしたドイツ」を参照してください。
ネットでは当時読者のひとり里山のフクロウさんが、→経過をまとめていらっしゃいます。ただ、当時のドイツ政府諮問委員会の報告書の内容は現物を読まないと判りません。
フクシマがドイツへ与えた衝撃波が3年を経て日本にたどり着いたのかもしれません。



 

2014年5月19日月曜日

251:美味しんぼ「鼻血論争について」西尾正道医師の見解。これも「ヒポクラテスの弟子」の知見である。

前回は漫画美味しんぼに登場して、安倍首相から→「根拠のない風評には全力をあげ対応する」と決めつけられた→松井英介医師の声明と提言を紹介し、だれがヒポクラテスの誓いに忠実であるのかと問いかけました。

 そして本日5月19日には、『週刊ビックコミックスピリッツ』美味しんぼの「福島の真実」編の最終回が発売され、漫画週刊誌としては、異例のことですが10頁にわたりこの連載に関する各方面の批判と意見を掲載し、しかも同誌の→ホームページで公開していますので、是非ご覧ください。
そこには、編集長名で以下の見解が添えられています。(クリックで拡大してください)
 この編集部の、しっかりと問題に立ち向かう姿勢は、日本の大メディアの多くが全くできていない、福島の真実に関する論争を展開することに大きな貢献をするものです。
村山広編集長と編集部と、また漫画の作者雁屋哲氏とそのチームに、遠くドイツからも深い敬意を表します。

 さて、これと平行して北海道がんセンターの西尾正道名誉院長が、昨日付けで 「鼻血論争について」と題したコメントを公表されていますので以下それを紹介させていただきます。専門家の間でも知見の別れる低線量被曝に関するひとつの重要な見解であると思います。
→PDF原文。→同添付別紙
西尾正道「鼻血論争について」別紙

  ここで西尾医師は健康被害に関する知見は基本的に原子力政策を推進する立場で作られたICRP国際放射線防護委員会報告情報で操作されていると指摘しています。

専門家から見たICRPとは何であるのかについて、西尾医師には→「福島健康被害、ICRP等国際機関基準で判断して良いか/その1」という学術論文があります。


 これをじっくりお読みになれば、本日『週刊ビックコミックスピリッツ』に掲載された上記の、大阪府市、や福島県庁などの抗議文が依拠する、多くの政府寄りの専門家のみなさんの知見が、世界原子力ロビーのシンクタンクであるICRPの、すでに論破されている論拠にひたすら依拠して、それを信じ込んでいる古くさいものであることが理解できるとおもいます。

 翻って、同じく掲載されている、崎山比早子、矢ヶ崎克馬、肥田舜太郎氏らの見解と批判の背景も理解できるとおもいます。これらに見解に付け加えて、西尾正道医師もとりわけ鋭い、現在の日本のヒポクラテスの弟子の一人であり、その知見として重要であると思い紹介させていただきました。



2014年5月15日木曜日

250:「美味しんぼ」に登場する松井英介医師の声明と提言【改訂版】:誰がヒポクラテスか。問われる日本市民の判断力。

 このところ、日本からは漫画『美味しんぼ』に関する報道が多くとどいています。今週になってドイツ語圏でも報道があります。

いくつか例を挙げればドイツのフォーカス誌が電子版で→「容赦のないフクシマ漫画が日本で騒擾を起こす」との見出しで、異常な騒動の経過と、「鼻血は事実である」と井戸川前双葉町長のフェイスブックの写真(左)まで採り上げて報道。

 またスイスの複数の新聞が、このバーゼル新聞のように→「このフクシマ漫画が日本政府を怒らせる」との見出しで「美味しんぼを」を紹介。「日本ではフクシマの報道がほぼタブーとなっている」と厳しく指摘しています。
 これに関して読者の女性が「地球上どこでも真実を弾圧しようとする政府は腐敗している。スイスでもそうだが、世界にはもっと良い政治家が必要だ」と指摘する投稿まであります。 
フクシマについて事故から3年後の日本政府が実態を隠そうとしていることは、世界中の多くの報道によって、危機感を持って周知されています。「美味しんぼ問題」もそのようなひとつの現れとして関心が持たれています。

 この漫画にはこのブログでも何度も紹介した呼吸器科の専門である松井英介医師が登場しているそうです。例えばそのひとつ→脱被曝移住提案
その松井医師から以下のような「見解と声明文」が送られてきましたので全文紹介致します。

 これを読んで、わたしが改めて思うことは、臨床医としての松井医師は古代ギリシャの→ヒポクラテスの誓いに忠実な人物であるということです。
そこには次のような誓いの言葉があります。(金沢医大の小川訳を引用)

私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。  

いかなる患家を訪れるときもそれはただ病者を利益するためであ り、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷のちがいを考慮しない。


 今回の騒動では、以下の松井医師が指摘し、このブログでも紹介してきました多くの見解と知識を得たうえでの、誰がヒポクラテスの教えに忠実であるのか、ひとえに日本市民の判断力が問われているといえましょう。

また文中にある「健康手帳」については項を変えて紹介致します。

5月16日:松井医師からさらに詳しくなった声明と提言の改訂版が送られてきましたので、この項のタイトルも変え、以下それを掲載します。
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「美味しんぼ」と「脱ひばく」を合言葉に

                       松井英介

 
 はじめに

被災者の訴え=自覚症状を無視してはいけません

「美味しんぼ」が、新しい話し合いの渦を産みだしています。多くの人びとの関心が、双葉町をはじめとする被災現地の人びとの苦難に寄せられています。この機会に、あらためて3.11事故がもたらした、健康といのちの危機について、話し合い考え行動することができれば良いと思います。

私は一臨床医ですから、私の日常は、患者さんの訴えを訊くことから始まります。訴えの多くは、ノドが痛い、目がかゆい、息が苦しい、むねやけがする、脈がとぶなど、何らかの自覚症状に関することです。その意味で、自覚症状は、患者さんが苦しめられている実態を示す、とても大切なものです。
 
 今回「美味しんぼ」に登場し、話題になっている鼻血やひどい疲労感も、これら自覚症状のひとつです。テレビや新聞に登場する人の中には、そんなものはなかったとか、風評被害を煽るものだとかいう人もいるようですが、それらの人々は苦しんでいる被災現地の人びとを思いやる心がないのかと疑ってしまいます。現に苦しんでいる人がいるのに、それらの訴えは仮病だとでもいうのでしょうか。
 
 3.11事故によってふるさとを奪われ、不自由な仮設住宅や借り上げ住宅暮しをしなければならなくなって、また、見知らぬ地に移り住まざるをえなくなって、すでに3年以上。全国各地に数万人、岐阜にも300人ほどの方が移り住んでいらっしゃいますが、多くの場合家族ばらばらの不自由な暮らしを強いられています。これら、今まで経験したことがない状況の下で苦しんでいる人びと、とくに子どもたちに想いを馳せることが、いま最も求められていることではないのか、私は思います。
  
 異様な「美味しんぼ」攻撃
 
 今回私は全く偶然に「美味しんぼ」の作者たちと出会ったのですが、それから1年以上おつきあいしてみて、ある感銘を覚えています。それは、雁屋哲さんと編集部の方たちが、じつに丹念な取材を重ね作品を仕上げられる、その姿勢に対してです。私への取材も昨年の秋から今年にかけて、随分長い時間がかかりました。私も忙しい毎日でしたが、私を惹きつけて離さない力が彼らにはありました。それが、30年もつづいてきた「美味しんぼ」人気の秘密かもしれません。
 
 今回の「美味しんぼ」攻撃の特徴は、東電原発事故の原因をつくった日本政府が乗り出していることです。菅義偉官房長官、石原伸晃環境大臣、環境省、石破茂自民党幹事長らが舞台に上がりテレビメディアにも登場しています。橋下徹大阪市長や佐藤福島県知事らは“風評被害”などというわけのわからない言葉を使って、「美味しんぼ」の内容があたかもウソであるかのように印象づける発言をしています。
 
「美味しんぼ」に描かれていることは事実です。

被災者が実際に経験した自覚症状など具体的事実を元に表現された作品に対する、権力者のこのような対応は、国家権力主導の異様なメディアコントロールだと言えるのではないでしょうか。

東電と国による言論・表現の自由の圧殺

3.11事故は、多額の税金を使いながら巨利を貪ってきた東電関連原子力産業と国策として原発を推進してきた日本政府におもな責任があるので、彼らがまず被害を受けた福島県をはじめとする汚染地域の住民に謝罪し、賠償すべき事柄です。それが、あろうことか、あたかも住民の健康被害はなかったがごとく言い募り、住民の立場から福島の過酷な現実を活写した「美味しんぼ」を攻撃するという挙に出ているのです。彼らの行いは「美味しんぼ」の抹殺と作者の口封じであり、言論と表現の自由の圧殺に道を開くことものだと言えましょう。

3.11事故によって最も甚大な被害をうけ全町民と役場が避難を余儀なくされた双葉町は、「差別助長」「風評被害」を謳い文句にした抗議文を「美味しんぼ」の出版社小学館に出しました。住民のいのちと生活を守るために活動すべき第一線の自治体として、同町と町民の苦難の現実を、また井戸川克隆前町長と伊澤史朗現町長の今までの努力と実績を、全国民に知らせる良い機会にすることもできたであろうに、まことに残念の極みです。

双葉町は井戸川克隆前町長の時に、疫学調査を行っており、町民が訴えた症状は鼻血のみに留まらず、様々な自覚症状が記録されています。

この問題に関して放射線防護の研究者、野口邦和・安斎育郎両氏は、2014429日付毎日新聞紙上で、「被ばくと関連ない」「心理的ストレスが影響したのでは」と述べています。お二人は、血小板が減少し全身の毛細血管から出血するような、1シーベルト以上の大量急性被曝を、鼻血や全身倦怠感など自覚症状発症の条件だとしています。このような考え方は、残念ながら彼らに特異的な事柄ではなく、広く一般の臨床現場の医師にもある誤った認識です。その論拠は、後述する「被曝の健康リスクを知り知らせる」の項をご参照ください。

「低線量」放射線内部被曝を理解して患者さんの自覚症状に耳を傾ける

「美味しんぼ」でもご紹介しましたが、私たちの身体の70%以上は水です。その水の分子をイオン化放射線は切断して、細胞の中に、水酸基や過酸化水素など毒性の強い物質を生成します。これらの毒が粘膜や毛細血管の細胞、さらに遺伝子やDNAを傷つけるのです。この現象をバイスタンダー効果といいますが、このような放射線がもたらした間接効果の方が、放射線そのものによる直接効果より、健康影響は大きいことがわかってきています。
遺伝子不安定性の誘導だとかエピ・ジェネティックスといわれる現象も、最近の分子生物学の成果です。

「低線量」放射線内部被曝の健康影響を、私たちは十分理解した上で、住民の方々の訴えについて考える必要があるのではないでしょうか。後で述べるように、アスベストとか有害な化学物質との複合作用も重要です。

様々な自覚症状を訴える被災者の方々が相談にこられたとき、このような“専門家”や医師の心ない対応が、新たなストレスになることを、私たちは肝に命じなければならないと、日々、自分に言い聞かせております。

心理的ストレスといわれるものも、元をたどれば、その原因は3.11東電原発大惨事にあるのですから、患者さんの自覚症状や訴えを頭ごなしに否定するのではなく、まず虚心に耳を傾けることから始めるべきではないでしょうか。

3.11事故によって生活環境に放出された放射性物質の処理

3.11事故によって自然生活環境に放出された放射性物質は、東電が自らの産業活動の過程で排出したいわば産業廃棄物だと私は考えます。ですから東電が自らの責任において、処理するのが原則です。放射性物質はできるだけ拡散させず、1ヶ所に集めて、言うならば事故を起こした原発の敷地内に集めて管理・処理するべきです。

大量の人工放射線微粒子とガスは、今も出つづけていますが、これら様々な核種は県境を超えて拡がり、地形や気象状況によって、福島県だけでなく東北・関東地方などにもホット・スポットを形成しました。日本政府は、これら人工核種によって汚染された岩手県と宮城県のガレキと呼称される汚染物を、汚染が少ないからよいとして日本各地の自治体に受け入れさせて、処理してきました。大阪府もそれら自治体のひとつでした。前述したように、放射性物質を広く拡散させることは厳に慎むべきことで、一点に集中して管理・処理するのが原則です。このような日本政府の放射性核種拡散政策は根本的な誤っています。しかし政府はそれを強行し、大阪府はその処理を受け入れてしまいました。このことによって、福島県など高度汚染地域から避難してきた母と子が、二度目三度目の避難・移住を強いられる事例がでてきているのです。

「大阪おかんの会」の健康調査と大阪府放射性物質濃度調査の問題点

大阪府のガレキ処理による健康影響について熱心に調査を続けてきたお母さんたちがいます。 (「大阪市ガレキ本焼却における健康異変報告(Vol.5大阪おかんの会」http://ameblo.jp/osakaokan2012/)。

大阪府が本格焼却を始めた20132月以降419日までの集計結果は次のようです。


報告人数797/自覚症状総数18262.29(一人あたりの平均発症数)

喉の異常・咳・痰…585
鼻の異常…鼻水・痛み188+鼻血97=285
   眼の痛み・かゆみ…272
頭痛…135
⑤ 皮膚の異常…80
[皮膚の症状:痒み、ピリピリする、発疹、吹き出物(全身)]
   肺、気管支の異常・息苦しい…86
   心臓・動悸・胸痛…71
   倦怠感…55
   発熱…53
  腹痛・下痢…38
  吐き気31
  骨・筋肉、関節23
   耳、めまい、ふらつき36
 [耳の症状:痛み、耳鳴り、聞こえが悪い(喉、鼻にも異常有り)など]
  口内炎15
  眠気、ヘルペス、痙攣、その他61

その他注目すべきこととして、つぎのようなことが挙げられます。
1.避難してきていた人たちが、避難する前に感じたことや症状が同じと感じた。
2.臭いがひどい、喉が痛くなるなどでしていたマスクに赤い色が付いた。
3.最初は中国からのPM2.5かと思った。しかし強い臭いがしたり黄色いような色が着いたものが流れてきて中国からのものでないと思った。

橋下徹大阪市長は、これら「大阪おかんの会」の調査結果を無視し、大阪府市の住民の健康といのちを軽視した妄言を繰り返しています。住民のいのちを守る市長としては、失格だと言わざるを得ません。

大阪府は、ガレキ処理に際して調査した放射性物質濃度の測定結果を発表しています。それによれば20121031日に採取された災害廃棄物の放射性セシウムの濃度がキログラムあたり8ベクレル。また、20121130日に採取された飛灰の放射性セシウムの濃度は、それぞれキログラムあたり3738ベクレル。
飛灰の基準値は大阪ではキログラムあたり2000ベクレル(日本国の基準値は3.11事故後2011638000ベクレルとした)ですが、基準値そのものに、胎児や子どもの基準値を示さないなど重大な問題点があります。

ドイツ放射線防護協会は、乳児、子ども、青少年に対する一キログラムあたり4ベクレル以上の基準核種セシウム137を含む飲食物を与えないよう推奨」しており、それに比べると、38ベクレルは10倍近い値。身体に影響が無いとは、断定できません。
 松井英介著「見えない恐怖―放射線内部被曝―」(2011年)旬報社刊

ガレキを汚染した人口放射性核種に関しては、放射性セシウムが測定されているだけです。後述するように、ストロンチウム90など、全ての人工核種の検査が、放射線による健康影響調査には不可欠です。

加えて私たちが見落としてはならない大切なことは、それら人工放射性核種とアスベストや有害な化学物質との複合汚染による健康影響があるということです。

「低線量」内部被曝の健康リスクを知り知らせる

3.11事故現場から生活環境に放出された人工放射核種について日本政府が発表したデータで、宮城県南隣、福島県相馬市でセシウム137137Cs)の1/10のストロンチウム9090Sr)を検出されています。しかし、土や食品に含まれる放射性セシウム以外の核種についての検査はほとんどなされておらず、ストロンチウム9090Sr)をふくむ全ての人工放射性核種の検査が健康影響評価には不可欠です。呼吸や飲食で体内に入ったストロンチウム9090Sr)は、カルシウムとよく似た動きをするため、骨や歯や骨髄に沈着し、セシウム137137Cs)の何百倍も長い時間、すなわち数年~数十年間排出されず、骨髄中の血球幹細胞を障害しつづけます。その結果胎児の発達が障害され、白血病など血液疾患発症の原因となります。

私たちの細胞60兆個の元はたった一個の細胞=受精卵。約10ヶ月で脳眼鼻耳手足心肝などの細胞に分化します。胎児は放射線感受性が高いことを学校で教えるべきです。人工放射性物質はゼロ!放射性汚染物の処理は東電事故現場一点集中が原則です。私たちは、記録を将来にわたって継続するため、最近「健康ノート」を発刊しました。

低線量放射線被曝の健康影響は、まだ不明な点が多いなどと言う研究者もいますが、そんなことはありません。低線量放射線のとくに内部被曝による健康障害に関する多くの調査研究結果がすでに集積されています。低線量被曝による身体への影響は、2009年に発表されたニューヨーク科学アカデミーの論文集にも、チェルノブイリ事故後の多くの実例が紹介されています。

また、通常運転中の原発から5km圏内に住む5歳以下の子どもたちに2倍以上白血病が多発しているという、ドイツで行われた疫学調査結果も重要です。

今後日本で放射線による健康影響を調査して記録していく上で不可欠の条件は、まず、生活環境に出た全ての人工放射性核種を調べ、それら核種の放射線量をベクレルで表示することです。そして、それらデータと自覚症状を含む病状、そしてさまざまな検査結果との関係を記録し解析することが必要です。

また、年間100ミリシーベルト閾値に関しては、「全固形がんについて閾値は認められない」とした放射線影響研究所2012年疫学調査結果報告「原爆被爆者の死亡率に関する研究第14 1950-2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」に注目すべきです。

 おわりに
 
「脱ひばく」を合言葉に、チェルノブイリ法、国連人権理事会特別報告者報告と勧告、IPPNW声明を、子どもたち=次世代に伝えましょう

 1991年成立したチェルノブイリ法の基本目標はつぎのようなものです。すなわち,最も影響をうけやすい人びと、つまり1986年に生まれた子どもたちに対するチェルノブイリ事故による被曝量を、どのような環境のもとでも年間1ミリシーベルト以下に、言い換えれば一生の被曝量を70ミリシーベルト以下に抑える、というものです。

20135月に公表された国連人権理事会特別報告者報告と勧告、そしてそのすぐ後に出された核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の声明は、日本政府の提唱する年間20ミリシーベルトは容認できないとし、被曝線量を最小化するためには、年間1ミリシーベルト以上の地域からの移住以外に代替案はないとしました。

3.11以降想像を絶する苦難を押し付けられた双葉町をはじめとする被災現地の人びとの現状を知り、人びとが家族や地域の人間関係をこわすことなく、汚染の少ない地域にまとまって移り住み、働き、学ぶ条件を整えることが、求められています。

「脱ひばく」すなわち「子どもたち=次世代にこれ以上の被曝をさせない!」を合言葉に、「美味しんぼ」に関心を寄せる良心の若者を総結集し、活動の輪を大きく拡げましょう。